予知保全とは?
これだけは知っておきたい3つのこと
機器に取り付けたセンサーから取得したデータを基に故障や劣化を検知し、故障が発生する前の適切なタイミングでメンテナンスを行うことを、予知保全 (Predictive Maintenance) と呼びます。予知保全は予兆保全とも呼ばれることがあります。
予知保全では、各機械設備の状態を、データを用いて監視することで、故障の可能性が高い機械から優先的にメンテナンスを行います。従来の定期メンテナンス等よりも、保守担当者のリソースを効率的に配置できることにより、メンテナンスコストの削減、故障による生産停止を防ぐことが可能となります。
機器のメンテナンスといえば、故障が発生した後に実施する事後保全(Reactive Maintenance)や、一定期間経過した時にメンテナンスを行う予防保全(Preventive Maintenance)が一般的です。予防保全では走行距離3000 kmまたは3ヶ月毎に実施する自動車のオイル交換など、状態に関わらずメンテナンスが行われる一方、予知保全は状態監視保全や状態基準保全(Condition Based Maintenance)とも呼ばれ、機器の状態に応じてメンテナンス時期を判断します。予防保全の場合では、交換タイミングより前に故障してしまうこともあるため、余裕をもったメンテナンススケジュールが組まれることが一般的です。その結果、余計なメンテナンスにつながります。場合によってはメンテナンスを行うことで機械を「いじり壊す」ということも発生します。機器の状態をデータから正しく判断しメンテナンス時期を決定する予知保全は、余計なメンテナンスを避ける事によるコスト削減だけでなく、予期しない突発的な故障を避けられ安全性の向上にも繋がると期待されています。
予知保全の3つのメリット
- 実際に故障が発生する前の効果的なメンテナンスの実施により、機器の稼働率が増加する
- これまで過剰だったメンテナンスが不要となり、メンテナンスコストを削減できる
- 故障原因も検知可能になり、診断の手間を掛けることなく適切なメンテナンスを実施できる
予知保全の活用事例
IoT関連技術の飛躍的な発展によりセンサーデータの活用が盛んになる中で、予知保全の取り組みは様々な業界において活用され始めています。国際航空運送協会(IATA) の資料によると、予知保全を始めとした取り組みにより航空機の稼働率が最大35%向上し、さらにはメンテナンス・修理・運用(MRO)コストが15-20%削減されると試算されています。他にも自動車、製造機器、ガス/石油掘削装置などでも活用されています。
予知保全のはじめ方
予知保全の条件
まず、予知保全を行う前提についてご紹介いたします。これは「データにアクセスでき、取得できること」、「故障データがどのようなものか把握できること」が挙げられます。
特に、後者が課題となりやすいです。予知保全モデルを学習させるために、故障データは重要な要素となりますが、機械は頻繁に故障するわけではありません。また、故障データを得るために機械を故障させることは現実的ではありません。
この故障データの不足に対する対応策として、ソフトウェアツールを利用することが有効です。例えば、物理モデリングの手法では、さまざまな条件下で稼働している機械がどのように機能するかをシミュレーションすることで故障データを生成することができます。
データへのアクセス
最初に行うことは、機械の稼働状況の正常・異常を捉えた大規模なセンサーデータを収集することです。さまざまな稼働条件下でのデータを収集することが重要です。例えば、北海道と九州で場所は違っても同じタイプの機械を使用している場合があります。一方では粘度の高い液体を取り扱い、もう一方では粘度の低い液体を扱っているかもしれません。たとえ同じ種類の機械を使用していても、稼働条件が異なれば、一方の機械が他方より早く故障する可能性があります。高い精度で異常が検出できる信頼性の高いアルゴリズムを開発するためにも、できるだけ多くのデータを収集することが重要です。
また,正常,異常を示すデータが不足している場合もあります。この場合は,ポンプの数学的モデル(物理モデリング)を作成することで、センサーデータからパラメーターの推定が可能となります。次に、稼働条件と異常状態についての複数のパターンを用意して、モデルのシミュレーションを行います。これで異常データの生成が可能となります。このデータは、センサーデータを補足する合成データとも呼ばれます。予知保全アルゴリズムは、この合成データとセンサーデータを組み合わせることで開発ができるようになります。
データの前処理
次は、データの前処理を行います。前処理によって、正常と異常とに区別するのに役立つ特徴量である、状態インジケーターを抽出することができます。一般的な前処理の方法としては、外れ値、欠損値、ノイズの除去等があります。その他にも、追加で前処理を行うケースがあります。例えば、下記のように時間領域のデータを周波数領域へ変換する場合が考えられます。
状態インジケーターの特定
前処理が完了したら,次は,システムの劣化に合わせある特徴量の挙動が予測可能な形で変化する状態インジケーターを識別します。これらの特徴量(状態インジケーター)は、正常と異常な動作を区別する点において活用することができます。 状態インジケーターの例をご紹介します。下の図ではポンプの劣化に合わせて周波数のデータのピークが左に移動していることが分かります。このピーク周波数は状態インジケーターとして機能します。
機械学習モデルの学習
これまで、正常、異常な動作を把握するために必要となる特徴量の抽出を行いました。次に、修理すべき部品が何か、故障までの時間はどの程度かを把握します。そのために、抽出した特徴量を利用し、機械学習モデルを学習させます。詳細は、後述する予知保全の解析技術をご確認ください。
システムへの実装・統合
機械学習モデルの学習が完了したアルゴリズムは、クラウドやエッジデバイスへ実装することが可能です。クラウドは大量のデータを収集・格納する場合に有効です。
また、開発したアルゴリズムを、組み込みデバイス等の実器に近い場所へ実装することも可能です。特に、これはインターネット接続が利用できない環境などに有効な方法です。
その他にも、クラウド・デバイス両方に実装するケースもあります。大規模データで、取り扱いができるデータ量が制限される場合は、エッジデバイス側で前処理と特徴量抽出を実行し、抽出された特徴量のみをクラウド上の予測モデルに送るといったような方法も有用です。
教師あり機械学習
故障発生時までのセンサーデータが存在する場合には教師あり学習を使用して予測モデルを作成でき、故障が発生するという事象だけでなく故障の発生箇所も合わせて予測することも期待されています。ただ、特に実験コストが高い場合や、そもそも故障がほとんど発生しないシステムの場合にはデータの収集が困難となり、予知保全を実現する上での課題の1つとなっています。そういったケースでは、上述の物理モデルを使いシミュレーションによりデータを生成する Model-driven のアプローチ* が注目を浴びています。センサーによる実測データと合わせて、センサーでは計測が難しい現象を予測モデルの構築に活用できる点もメリットの1つです。
教師あり機械学習
24時間稼動の監視システムを実現するには、クラウドやサーバーなどの実働環境システム上への実装を考えなければなりません。複数機器の状態をサーバー上で管理する場合でも、予知保全を行うべき機器自体に開発した予測アルゴリズムを組み込み機器上において迅速な診断を実施するシステム、もしくはセンサーデータの前処理は機器上で実施し、予測に必要なデータだけをサーバーに上げ診断を実施するシステムも考えられます。計算負荷・ネットワークのバンド幅・デバイスの消費電力など、個々の状況に合わせた構成が求められます。 予知保全システム全体の最適化を追求する上で、開発の初期段階から実装までを実施できる統一されたMATLABおよびSimulinkの開発環境は大きなメリットとなります。
予知保全のユーザー事例/ビデオ
予知保全を実現する為に必要なステップを一般化してみると下記の5項目に落とし込むことができます。
データへのアクセス:データが蓄積されているデータベースへアクセスしデータを吸い出す作業
データの前処理:異常値削除・変数選定・時刻の同期処理
- 異なる条件で取得されたデータの欠損値と外れ値、ノイズの考慮
- 高度な信号処理手法を使用したノイズの除去、データのフィルター処理、過渡信号または時変信号の解析
- 特徴量抽出と選択のための統計および動的解析を活用したデータセットの簡略化と過学習の抑制
状態インジケーターの特定
機械から取得するデータについては、構造化されている場合とそうでない場合があります。また、データはローカル、クラウド (AWS®S3、Azure®Blob等)、データベース、データヒストリアンなど様々な環境に置かれています。MATLABでは、いずれの環境にデータがある場合でも、それらのデータにアクセスをすることが可能です。仮に故障データが不足しているケースでも、信号の故障要因をSimulinkモデル内に挿入することでシステム故障のダイナミクスをモデル化することが可能となります。
一般的に、データは整形された状態ではないので前処理が必要となります。MATLABによって次のような前処理、次元削減、特徴量の設計が可能となります。
MATLAB と Predictive Maintenance Toolbox™ では、信号ベースおよびモデルベースのアプローチによって状態インジケーターを設計することができます。
振動データでは、時間変化する特性が良く見られます。この特性を表現するために、時間-周波数モーメントを計算することも重要です。(参考:信号ベースの状態インジケーター)
非線形の特性をもつ機械の突然の異常や変化を検出するために、システムの状態の変化を追跡する位相空間再構成に基づいた特徴量も有効です。(参考:位相空間再構成に基づいた特徴量による異常診断の例)